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東京地方裁判所 昭和43年(ワ)10068号 判決

原告

北川アキ

被告

近鉄大一トラック株式会社

主文

一、被告は原告に対し金一二五万八二三〇円及びこの内金一一三万八二三〇円に対する昭和四三年九月一一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二、原告のその余の請求を棄却する。

三、訴訟費用は二分し、その一を原告の、その余を被告の各負担とする。

四、この判決は第一項に限り仮執行ができる。

事実

第一、申立

一、原告

1  被告は原告に対し金二六〇万七八四六円及びこのうち金二三六万九八四六円に対する昭和四三年九月一一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決並びに仮執行の宣言を求める。

二、被告

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は、原告の負担とする。

との判決を求める。

第二、当事者間に争いのない事実

(事故の発生)

訴外杉山実男は運送業を営む被告会社の従業員であるが昭和四三年三月九日午後三時四〇分頃被告会社所有にかかる自家用普通貨物自動車(第練馬四え六三七七号)の運転業務に従事中東京都台東区根岸一丁目二〇番二〇号先交差点において折から横断歩道を通行中の原告(喫茶店経営)に自車の右前部のサイドミラーを激突させ、もつて原告に対し傷害を負わせたものである。

第三、争点

一、原告の主張(請求の原因)

1  傷害の程度

頭部外傷兼左側頭部挫創

2  責任原因

被告は、本件事故時に被告車を自己のため運行の用に供していた者であるから自賠法三条により本件事故により原告に生じた損害を賠償する義務がある。

3  損害

(一) 治療費 金二五万二四八〇円

(イ) 東大医学部付属病院分 金八〇六〇円

(ロ) 土田病院分 金五五〇〇円

(ハ) 国立東京第一病院分 金四二〇円

(ニ) 東京都立広尾病院分 金八万三六〇〇円

(ホ) 柔道整復師(根岸平八)関係費用 金一五万四九〇〇円

(二) 通院費(交通費) 金二万九八六〇円

(三) 栄養費等諸雑費 金二万五五〇六円

(四) 休業損害金六四万円

原告は別に有限会社北川靴木型製作所の監査役として月金四万円の収入を得ていたが本件事故のため休業のやむなきに至つた。

昭和四三年三月から昭和四四年六月までの一六ヶ月分金六四万円

(五) 臨時雇人給料 金一五万円

原告が本件事故により喫茶店経営を維持するため昭和四三年三月から六月まで女子一名を雇入れこれに対して支払つた金員

(六) 逸失利益 金四三万二〇〇〇円

原告は本件受傷の結果自賠法施行令別表第一三級に該当する障害を遺すにいたつた。

労働能力喪失率 九%

労働能力喪失の存続すべき期間 一〇年

よつて、この労働能力喪失による逸失利益は、つぎの計算により金四三万二〇〇〇円となる。

(40,000円×12)×9/100×10(年)=43万2,000円

(七) 慰藉料 金八四万円

本件受傷時及びその後を通じて原告が受けた精神的苦痛は莫大であつて到底金銭に評価し得ないが仮りに金銭に評価するとすれば金八四万円が相当である。

(八) 弁護士費用 金二三万八〇〇〇円

着手金、報酬とも各金一一万九〇〇〇円である。

4  よつて、原告は被告に対し、以上の合計金二六〇万七八四六円及びこれから弁護士費用金二三万八〇〇〇円を控除した金二三六万九八四六円に対する本訴状送達の翌日である昭和四三年九月一一日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるため本訴に及んだ。

二、被告の主張

1  請求の原因に対する認否 争う。

2  抗弁

(免責)

被告車運転の訴外杉山が浅草方面から進行して本件交差点にさしかかつた際、その対面する信号の表示が「青」であつたためそのまま直進した。他方、当時における対向車線の交通量はきわめて多く、その交通は渋滞し車両は珠数つなぎの状態になつていたのであるが、原告は、右のように渋滞停車中の間から、その対面信号の表示が「赤」であるにかかわらず、これを無視し、被告車両の進路に対する安全を確認することなく、突如その前面に進出したため、本件事故が発生するにいたつたものである。

右のとおりであつて、本件事故は、もつぱら原告の信号無視の過失によつて発生せしめられたものであつて、被告および杉山実男には過失がなく、かつ、被告車両は構造上の欠陥も機能上の障害もなかつたのであるから、被告は自賠法三条但書の規定によつて免責される。

(過失相殺)

かりに訴外杉山に過失があつたとしても本件事故発生につき原告の右のような過失が寄与していることは明らかであるから、この過失は損害賠償額の算定に斟酌されなければならない。

三、原告の主張(抗弁に対する認否) 争う。

第四、証拠関係〔略〕

理由

一、争点に対する判断

1  原告の傷害の程度

原告が本件事故の結果その主張のとおりの傷害を蒙つたことは、〔証拠略〕により明らかである。

2  責任原因

被告が被告車の所有者であり、本件事故時に被告の被用者杉山実男が被告の業務として被告車を運転中であつたことは前記のとおりであるから、被告は自賠法三条の運行供用者に該当するというべきである。よつて、以下被告の免責の抗弁について判断する。

まず、被告は、被告車がその対面信号の表示「青」にしたがつて本件事故現場の交差点に進入したところ、原告がその対面信号の表示「赤」を無視して横断を開始したため本件事故が発生したと主張するのでこの点について見るに、被告車の運転者である証人杉山実男はこれと同旨の供述をし、これに添うその成立に争いがない乙第一五号証(交通事故調査原票)が存在するのであるが、〔証拠略〕によれば、右乙第一五号証の記載はもつぱら訴外杉山実男の本件事故現場における説明に基づいて作成されたものであつて、他の一方の当事者である原告の説明を求めていないものであることが認められ、一方原告はその本人尋問(第一、二回)において、被告車こそ「赤」信号無視であることを供述し、またその原本の存在と〔証拠略〕を総合すると原告はすでに事故の当初から同旨の主張を繰りかえしていた事実が窺われるのであつて、他に本件事故の目撃者もなく、右の原告本人尋問の結果と証人杉山実男の証言のいずれが真であるかを裏づけるに足りる証拠のない本件にあつては、右のいずれについても確定的な心証を得ることができない。右のとおりであつて本件事故の発生について原告に過失があり訴外杉山実男に過失がなかつたことについては結局証明がないことに帰するのであるから、被告の免責の主張は爾余の点の判断を用いるまでもなく失当たるをまぬがれない。

よつて、被告は本件事故によつて原告に生じた損害を賠償する責任がある。

3  損害

(一)  治療費 金二五万二二七〇円

〔証拠略〕を総合すれば原告は本件受傷により争点3(二)掲記の各医療機関(ただし(ハ)をのぞく)において治療を受け、その主張額を下ることのない治療費の支出を余儀なくされたものと認められる。なお、〔証拠略〕によれば右のほか原告は国立東京第一病院においても治療を受け金二一〇円の支出を余儀なくされたことが認められ、結局原告の本件受傷による治療費は以上の合計金二五万二二七〇円となる。

(二)  通院費(交通費) 金二万九八六〇円

〔証拠略〕を総合すれば、原告は本件受傷による通院交通費として右金額を下ることのない支出を余儀なくされたものと認められる。

(三)  栄養費等の諸雑費 金六一〇〇円

〔証拠略〕を総合すれば原告は本件受傷による入院三一日間にクリーニング代、補食費その他の諸雑費として金六一〇〇円を下ることのない支出をした事実が認められる。しかしながら右各証拠によれば原告の右支出は入院の有無にかかわらず必要とされる性質のものであり、ただ入院の結果その額が若干増加したにすぎない程度のものと認められるから、右各支出のうち入院一日につき金二〇〇円の割合をもつて積算した金六一〇〇円をもつて本件事故と相当因果関係ある支出として認定するにとどめる。

(四)  休業損害

〔証拠略〕を総合すれば、原告は本件事故当時訴外有限会社北川靴木型製作所の監査役でありその報酬は月金四万円と定められていたことが認められる。しかしながら右各証拠によれば同会社は原告の夫が代表者(社長)であるほか従業員三名によつて運用されている、いわゆる中小企業であり、その純利益の全部によつて原告方の家計がまかなわれ、特にこれが原告分として現実に支給されていたものでなく、原告自身すらその休業中、右報酬がどのようにあつかわれたかわからない程度のものであつたことが認められる。この事実と弁論の全趣旨を総合して考えると、右原告の報酬は原告方の家業が会社組織を採用していたことによつて生じた計算上のものにすぎなかつたのではないかと疑う余地が多分にあり、かつ、原告の同会社に対して提供していた労働力が右金額相当と評価し得る確証のない本件においてはこの主張をそのまま採用することができない。

(五)  臨時雇人給料 金一五万円

〔証拠略〕によれば、原告は本件受傷により前記喫茶店の経営その他に従事し得なくなつたため、昭和四三年三月から同年八月まで訴外内田多喜子を臨時に雇用し、その給料、交通費等として右金額を下ることのない支出を余儀なくされた事実が認められる。

(六)  労働能力喪失による逸失利益

〔証拠略〕によれば、原告は本件受傷の結果、右手筋力減退、右後頭痛、頂部痛等自賠法施行令別表第一三級に該当する障害を遺すにいたつたことが認められるが、右障害によつて原告の労働能力の何程が減少したかについては、本件の全証拠を検討して見てもこれを確認し得る資料はない。しかしながら原告が右後遺障害によつて現在なお日常生活に不自由を感じていることは〔証拠略〕によつて明らかであるから、この事情は次の慰藉料の算定においてこれを斟酌する。

(七)  慰藉料 金七〇万円

以上の諸事実、〔証拠略〕によれば、被告は原告の前記入院中の治療費及び付添看護費(いずれも本訴請求外)合計金一九万一〇三〇円を負担支払ずみであること、その他本件にあらわれた諸般の事情を考慮すれば、原告の本件受傷による慰藉料は金七〇万円と認めるのが相当である。

(八)  弁護士費用 金一二万円

原告が以上認定の損害合計金一一三万八二三〇円につき、その取立を本訴原告訴訟代理人に委任し、着手金二万円を支払つたほか、報酬として判決認容額の一割を支払うべき旨を約し、その支払債務を負担したことは〔証拠略〕によつて明らかであるが、叙上認容損害額及び本訴の推移にかんがみに被告において負担の責に帰すべき弁護士費用は右金額をもつて相当と認める。

二、結論

以上の次第であるから、原告は被告に対し合計金一二五万八二三〇円の支払を求める権利があり、したがつて、本訴請求は被告に対し右金一二五万八二三〇円及びこれから弁護士費用金一二万円を控除した金一一三万八二三〇円に対する本訴状送達の翌日であること記録上明らかな昭和四三年九月一一日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから正当として認容し、その余の請求を失当として棄却し、民訴法九二条、一九六条の各規定を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 原島克己)

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